ピストンロッドはピストンとクロスヘッドを繋ぐ部品で、クランクシャフトの回転運動がコンロッドを介してクロスヘッドで往復運動に変換されその運動をピストンに伝達します。従ってシリンダーの片側をピストンロッドが貫通しているので、シリンダー内でガスが圧縮されるためには、貫通部のピストンロッドに沿ってパッキンを装着しなければなりません。このパッキンがピストンロッドパッキンと呼ばれるもので重要な消耗部品です。
 ガスの高い圧力及び温度にさらされ、ピストンロッドと密着摺動し過酷な摩擦熱を受け続けます。摺動熱と言えばピストンに装着されたガスシール用のピストンリング及び摺動サポート用のライダーリングもシリンダーあるいはシリンダーライナーとの間の摺動摩擦で高く温度上昇します。
 但し、潤滑油が使用される場合はその冷却効果が奏効しますし、またピストン周りのガス温度は吸入ガスの低温と圧縮されたガスの高温とが交互に変化するのでその平均にならせば、ほとんど高温の圧縮ガスの影響を受けるロッドパッキンに比べれば過酷さは低減されます。

 一方、過酷な環境下で摺動するロッドパッキンの相方であるピストンロッドも同じ温度条件にさらされるので材料の選定が重要です。
 ピストンロッドの材料として代表的なのが、非腐食性ガスを扱う場合はSCM材、腐食性ガスに対してはステンレス材を使用します。リング類の摺動性能は相手材の表面硬度に影響を受けます。ピストンリングそしてロッドパッキンの寿命を伸ばすには高い表面硬度が必要です。
 表面硬度を上げるのに代表的な三つの方法が有ります。それはCrメッキ、WC溶射そして高周波焼入れです。他に窒化処理等ありますがコスト面からも最近はあまり使用されません。
 Crメッキは以前から長い間使われている方法でメタルリングが使用されていた時代に摺動部に潤滑油を供給していた頃、ライナーやピストンロッドにCrメッキを施しました。Crメッキの表面はポーラスと呼ばれるミクロオーダーの細孔が存在しその中に油を保持します。高い硬度の上に摺動面に潤滑油を途切れることなく供給でき潤滑性能を向上させます。
 但し、Crメッキはポーラスの存在も影響していると思われ熱伝導率があまり良くないのでロッドに生じた発生熱量が逃げにくいのです。潤滑油が供給されている時はその冷却効果が期待されますが、無潤滑のシリンダーが出てきてからは熱伝導率のより向上した表面処理が必要になって来ました。それがWC(タングステンカーバイド)溶射であり高周波焼入れです。
 WC溶射はポーラスの封孔処理を施して熱伝導率を向上させ、ガス中に油分を嫌う無潤滑圧縮機に適用可能です。
 高周波焼入れは前の二つの表面処理のように別の材料を張り付けるのでは無く、ロッドそのものの材料の表面を高周波により硬くする処理でWC溶射と同じく無潤滑の圧縮機に適用可能です。勿論、WC溶射も高周波焼入れも潤滑シリンダーに適用出来ます。またCrメッキも取扱いガスによってはガスとの相性上無潤滑でも使用します。

 SCM材の高周波焼入れロッドは取扱いガスが硫化水素のような腐食性ガスの場合は使用出来ないのでステンレス材を使用します。ステンレス材は強度の高い析出硬化型ステンレス(SUS630等)を使いますが強度を上げることは硬度も上がります。硫化水素が触れるピストンロッドに硬度の高いステンレスを使用する場合は応力腐食割れの観点からNACE基準によりHRC22(ロックウェル)を超えないよう規制されています。この硬度はパッキン摺動には不適切なので表面にWC溶射を施します。

 ところで、ピストンロッド表面の硬度を上げるために以上各種の方法がありますがロッドに掛かる荷重は圧縮もあり引張もあります。特に引張荷重は小さな径のロッドには過酷です。そして表面処理はロッド表面に残留応力を生じさせます。上記三つの表面処理の内、Crメッキは残留引張応力なのに対し、WC溶射と高周波焼入れは残留圧縮応力なので過酷な引張荷重を受けるピストンロッドに対してWC溶射と高周波焼入れは優れた表面処理と言えます。